少 年 時 代

いつもと同じようにビューエルをかっ飛ばして到着した、誰もいない店。

いつもの場所にビューエルをとめて、

ポケットの鍵を探しながら歩いていると看板の下に黒い物体を見つけた。



なんだろうと思って近づいてみた。

カブトムシだ。

もう死んでいたけれど、そこそこ立派に育った、中くらいのオスだった。



カブトムシを外で見たのなんて何年振りだろうか。


店の位置する多摩地区は、東京のわりにまだまだ自然が多く残る。

店のすぐ裏手には、映画「となりのトトロ」の舞台となった（らしい）八国山緑地が広がり、

その西側に位置する西武園や西武ドームなども深い森の中だ。

きっとカブトムシなんて珍しくはないんだろうが、

なんだか懐かしい思いでいっぱいになった。




生まれも育ちも東京だ。

昆虫やら自然やらが大好きな、絵に描いたような小僧だった僕だが、

２０年も前とはいえ、家の周りでカブトムシを採集できるような環境ではなかった。

だから、夏休みに親戚の住む長野へ旅行するのは大きな楽しみだったし、

デパートの屋上でダダをこねてカブトムシを買ってもらう夏もあった。



言ってみれば僕を育ててくれた旧友みたいなもんだ、笑。



脱走して深夜に部屋中飛び回られたあの夏。

スイカはいい餌ではないと知ったあの夏。

捕まえたノコギリクワガタと戦わせたあの夏。

そして卵を孵化させたあの夏。



ありきたりの台詞だが、自然に教わったことはとても貴重な財産だ。

管理を怠って殺してしまったこともある。

クワガタに鋏ませてそのまま死なせてしまったこともある。

結構残酷なことを、「遊び」の延長で経験してきたが、

飼育したもの全て、死んだあとはしっかりお墓を作った。

親父にきつく言われていた。

だから当時は庭中お墓だらけだったなぁ、笑。







世の中が変わった、

そう言われるほど変わったのかは分からない。

理解に苦しむ少年犯罪や常軌を逸した親の見識ばかりがクローズアップされるが、

それはきっと一部であろうし、そうあってもらいたい。




少年時代、図鑑の中でしか出会うことの叶わなかった

憧れのカブトムシやクワガタが、

今やあちこちのデパートやペットショップで売られている。


僕には行きつけのペットショップがあるが、

夢を叶える大人とは別に、子供も結構買うそうだ。

まぁ、値段も高いから、買い与えるのは大人なんだが。


力強い体躯。子供なら誰もが憧れるカッコよさ。

日本のカブトムシには無い、圧倒的なキャラクター。

飼育用品も充実して、金を払えば誰もが手に入れられるヒーロー。





でも、それを買い与えるお金があるのなら、

ぜひとも山へ、森へ連れて行ってあげて欲しいな。

カブトムシと出会うのに、どれほど歩かなければならないか、

大自然を無傷で勝ち抜いたカブトムシが、どれほど数少ないか、

そういうことを子供に伝えてあげて欲しいな。





妙な植物が生い茂っていた。

昼間なのにいやに薄暗かった。

気味の悪いイモ虫もいれば、スズメバチも飛んでいた。

正直言って結構怖かった。

それでも僕は行ったさ、森の中へ。







服を着替えて、パソコンを起動して、

外の自販機でコーヒーを買った。

カブトムシはそこに転がったままだ。