B O S S

絵に描いたような、ボスがいる。

一見強面だが、

心の優しいオヤジがいる。



頑固で強引な、

昔ながらのオヤジ。



ハーレー・ダビッドソンの販売店を辞めた今でも、

彼と会い、彼と話し、

そして彼と走ることが、僕にとって大きな幸せだった。




モト・ギャルソンの名物オヤジ。

彼こそ 「BOSS」 に相応しい人。










何年か前の、秋のツーリングシーズン。



店主催の「ビッグツーリング」の下見で長野に行った時のこと。

40cmのエイプハンガーでギラギラいわせていた、

当時の僕の愛車、ハーレー・ダビッドソン「ロードキング｣。

350kgの真っ黒な巨体は、麦草峠の下りヘアピンカーブで見事に転がった。


体の怪我、バイクの不具合、

周りの同僚が駆け寄って気にする中、

彼は一言　「ダセえな！」　。





ハーレーで街中をドロドロと流すのも最高にクールだが、

男たるもの、バイク乗りたるもの、

峠の急カーブを鮮やかに料理できるようでありたい。




アメリカン・カルチャーに魅せられて、

ハーレーこそROCKだと信じて免許を取っただけの僕が、

「モーターサイクル」そのものに魅せられた。

どんなバイクでも自在に操り、乗りこなす、

きっと、そんな彼がカッコよかったからだ。



一生の相棒と心に決めて購入したロードキングを降り、

数台のビューエルを乗り継いで、

結局古臭い1996年式のS1ライトニングに乗っている。

富士山スカイラインを駆け上がった僕に追いついた彼が、

「自分のモノになってるな！」

と言ってくれた時、少し上手になった気がしたものだ。











仕事で、よく一緒にトラックに乗って出かけた。

入社後に免許を取った僕は、いきなり2t ロングのエルフで腕を鍛えられた。

だからクルマの運転には自信がある。


忘れもしない、免許取りたての僕に彼が言った一言。

「バカヤロー！クルマのハンドルは片手で持つもんだよ！」










何年か前の、ポカポカ陽気の春。


金沢八景にある、ハーレー・ダビッドソンの倉庫に向かう車中。

「今日は帰りにジーパン買うかな・・・」

隣でボスがつぶやいた。


倉庫でイベント機材やら試乗車を降ろした帰り道、

「オイ、高速乗るなよ、そこ右だぞ！」

という訳で、平日で人もまばらなベイサイドマリーナへ。

帰り、って、仕事帰りにジーンズメイトでも行くのかと思った。笑



ボスはキッチリ裾上げ加工もお願いし（結構切らねばなるまい）、

その間、

ヨットを眺めながらアメリカンなハンバーガーとアイスコーヒーでのんびり過ごした。

何となく落ち着かない僕に、サングラスの彼は言った。

「このくらいの余裕がなくてどうする」

陽光に輝く波、ゆらめく船、風と戯れるカモメ。

仕事中なのを忘れそうになった。










何年前の、いつのことだったか。


いつものように早く着いた店に、いつもは鳴らない電話が鳴った。

ボスの、ボスらしからぬ、か細い声。

何があったか一瞬で感じ取れた。



彼のローライダーはトラックに突き刺さり、廃車寸前までに大破していた。

本人は手首の骨折だけで済んだが、

当時はスタッフみんなが心配したものだ。










1年半前の、秋のこと。



朝、車で店にやってきた彼は、降りるなり僕のところへ向かってきた。

「オマエ、何で俺に言わないんだよ。。。」

社長から、僕が辞めることを聞いたらしい。

「聞いてから、もうガックリきちゃってさぁ。。体に力が入らねぇよ。」



僕としても、真っ先に彼に相談したかったが、できなかった。

あるいは彼に相談していたら、

今頃は違う人生になっていたのかもしれない。



後日、2人で焼肉を食べた。

優しいボスの姿があった。










東村山の店にいる時も、

調布の店にいる時も、吉祥寺の中古車店にいる時も。

彼のいるところには人が集まる。


同年代の人達とは、旅の話から健康の話まで。

僕らのような若僧とは、バイクの乗り方の話とか、パソコンの使い方の話とか。

老若男女、誰もが彼を慕って集まった。











BOSS。


他の店の人にも、ハーレー・ダビッドソン本社の人にも一目置かれる、

筋の通ったチョイ悪オヤジ。


右と左の靴を間違えて履いてきてしまう、

ちょっと憎めないお茶目なオヤジ。


店のパソコンでネットサーフィンを欠かさない、

中年太りのまるっこいオヤジ。


バイクにまたがると想像もつかない速さで彼方へ消えてしまう、

破天荒なオヤジ。





みんなに愛された「BOSS」が、

ついにモト・ギャルソンを辞めたらしい。


定年退職の年齢でもないし、仕事の上で様々な人間関係もある。

辞めたのか、辞めさせられたのか、辞めねばならなかったのか、

実のところ、想像はつくが真相は知らない。

憶測でものを言うのも美徳ではあるまい。




とにかく、彼はもうモト・ギャルソンの人間ではなくて、

店に行っても彼には会えなくなるということだけは事実。

いつでも会えたのに、

これからはそうでなくなるというだけで、

実に寂しい。








僕が転職してモト・ギャルソンを去った後も、

「ちゃんと顔を出せ」とよく叱られた。




今度は、叱られる前に、こちらから飲みに誘おう。


暖かくなったら、ツーリングに誘おう。