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走るにも、結構距離がある。

東京駅は巨大だ。

街が一つ地下に埋まったかのようだ。

南東に位置するグラントウキョウサウスタワーを出て、

北西に位置する新丸の内ビルディングまで、

人混みを掻き分けながら走ると15分近くかかる。


閉店間際、ぎりぎり間に合ったのは、

新丸ビル1Fのユナイテッド・アローズ。





「指輪が欲しいね」

という会話を、以前からしていた。


「Serge Thoraval -セルジュ・トラヴァル-」 のメッセージ入りリングを欲しがっていた彼女が、

「こっちの方があなたの彼女らしいから」と言って選んでくれたのは、

「Chrome Hearts」で最もシンプルなシルバーリング。


いつ買いに行くとも決まっていなかったその指輪を求めて、

僕は東京駅の地下を走って横断し、

黒いリボンでラッピングされた2つの小さな黒い箱をかばんに忍ばせ、

いつものように週末の夜を彼女と過ごした。



その箱を受け取った彼女が、まさか泣くとは思ってもいなかったが、

僕の分はプレゼントしたいと言って、

代金の半分を僕に支払ったことも、少々計算違いだった。

お互いがお互いにプレゼントしたというわけだ。





今までだって恋人はいたから、

ペアリングを買うのもつけるのも初めてじゃない。

でも、お金を出し合ったのは初めてかもしれない。


クロムハーツで1番シンプルなこの指輪は、

クロムハーツで最も安価なアイテムの一つだ。

でももちろん、

僕の持っているクロムハーツの中で、これは最も価値あるアイテム。







互いに指輪をつけたからといって、

それが同じデザインのペアリングだからといって、

将来の何かを保証してくれるわけではない。

実際に僕は、

ペアリングをつけた恋人と別れを経験してきたのだから。




でも僕は思う。

これは今までと違うんだ、と。




出会った時に感じた何か。

一緒にいて感じる、今までとは違う何か。



僕は信じたい。

これが、恋人として身につける、最後の指輪なんだと。