ゆるやかに

細かな筆跡を集積した絵というのは、

その過程に思いを馳せるだけで、

それなりに立派に見えてしまうものだ。


小さなものの集積が優れた作品を約束するわけではないし、

むしろ手数の少ない秀作こそ、

本物の感性に委ねられたものとも言えるが、

小さなものの集積は、

それ相応の圧倒的な存在感を見るものに与え、

理屈抜きに感動させられることも多い。







それはまさに集積のなせる技であるように思う。


この季節が訪れるたび、

彼らが徐々に花開くたび、

僕は心を奪われる。





























夕暮れの近づいた石神井公園のほとりの桜。

五分から七分咲きといったところか。



桜の花を一つ手に取ったところで、

きっと僕は何も感じないだろう。

しかし、

それが無数に花開く時、

大きな集団となった小さな花たちは、

この世で最も美しい一つの花になるような気がする。






桜の花は小さな集団で咲く。

その集団はまるで球体を描くように全方向的に花びらを向ける。

薄ピンク色の小さな球体が一つの枝にいくつも咲き乱れ、

その枝がいくつにも枝分かれ、

桜は言葉に出来ない不思議な色と形を伴って、

人の目を奪い続ける。



ひとつの花の形に奪われては、桜は描くことが出来ない。

柔らかく、ほんのり赤みを帯びた白い花びらは、

互いに折り重なっていくつものトーンを創り出し、

その柔らかいトーンは空の色によって絶妙に表情を変え、

そして黒々しく力強い幹や枝がアクセントになる。

桜を描くのは難しい。

木を見上げて切り取れば、それだけで絵画のように美しいのだ。













































桜と呼ばれる多くの桜がソメイヨシノという品種であることは有名だが、

それが江戸時代に作出された人工品種であることは

意外に知られていない。

接ぎ木を繰り返して日本中に広まったソメイヨシノは、

全て同じDNAを持つクローンであり、

人の介入なしに生殖して殖えることのできない悲しい木でもある。



ポツポツと咲き始める桜は、

やがて全てが花開き、そしてはかなくも散ってゆく。

実は最初に咲いた花は、

同じ木の最後の一輪が咲くまで咲き続けるそうだ。

最後の花が咲いてから、彼らは風に流される。


なんだか仲間思いのいい奴らな気がした。








月末の勤務時間調整で有休を取った今日は、

一日バイクを磨いていた。

夕方フラッと走った石神井公園で、

去年も撮影した桜に再会した。



同じ場所で、同じように花開く桜。

同じ場所で、またも心奪われた僕。



この1年、この桜には何があったろう。

どれだけ枝を伸ばし、どれほどの花を増やしただろうか。



この1年で、僕は大きく環境が変わった。

去年の僕は、何を思いここに立っていただろうか。

去年の僕から、今の僕はどれだけ成長できただろうか。




年を取ればとるほど、1年という歳月は短くなってゆく。

けれど1年という月日の長さは変わらないはずで、

それをどう生きるかというのは自分次第であるわけで、

何もしなくてもいいわけではないが、

きっと、あまり焦る必要も無いのだろう。


人もまばらな平日の石神井公園で、

タバコを吸いながらぼんやりと桜を眺め、

また、ビューエルを走らせた。





大切なのは小さなものをコツコツと集積させることなのだ、

ゆるやかに。